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UPDATE|2021/04/12

「女流麻雀プロブーム」の中心だった二階堂姉妹「月の半分は全国を飛び回っていました」

撮影/松山勇樹

怒涛の展開で見る者を魅了したレギュラーシーズン最終版から1カ月の沈黙を経て、Mリーグのセミファイナルシリーズがいよいよスタート。業界全体がかつてない盛り上がりを見せるなか、これまで麻雀人気を最前線で支えてきたトップ女流プロ・二階堂亜樹が自身の現在と過去、そして未来を語る。(3回連載の2回目)

【前編】麻雀・Mリーグで闘う美人女流プロの元祖、二階堂亜樹「今年結果を残せなければ、クビになります」はこちらから

【写真】ユニフォーム姿で牌を握る二階堂亜樹プロ【9点】

――ご存知のファンの方も多いと思いますが、二階堂さんはなぜ麻雀プロに?

二階堂 実家が、物心ついたときに雀荘を経営しいて。だから身近なものだったんですけど、4、5歳の頃に家にあったファミコンのゲームをやってたのが初めてで。リアルに牌にさわって麻雀をしたのはもっと遅くて、中学生くらいですね。

――学生さんやオジさんに混ざって子供の頃から打っていたわけでは……。

二階堂 ないです(笑)。中学では、家に麻雀牌があった女友達の家に別の友達と行って、その子のお父さんと4人で卓を囲んで、あがれたらお菓子をもらう、みたいな感じで遊んでました。それで、うちはちょっと複雑な家庭環境なんですけど、中学卒業するときには両親と離れて暮らしていて。進路をどうしよう、ってなったとき、進学もしないけど働きもしない、という感じだったんです。ただぼんやりと、「麻雀の仕事をしながら生活したいな」と思っていて。そんなときに麻雀プロの存在を知って、いま所属している日本プロ麻雀連盟のプロテストを受けたんです。デビューしたのは19になる年の4月でした。

――「最年少プロ」ということで、卓球の福原愛さんや、将棋の藤井聡太二冠のような存在だったんですね。注目を浴びたのもうなずけます。当時は女性プロも少なかったんですか?

二階堂 同期のデビュー組でも女子は何人かはいましたが、多分、全ての団体を合わせて40人くらいだったと思います。今は女性プロだけが参加できる女流リーグやタイトル戦もありますけど、当時は完全に男女混合の試合しかなかったですね。

――麻雀界では一時期、「女流プロブーム」もありましたが、ちょうどその頃ですか?

二階堂 私がデビューした少しあとですかね。当時、「ギャル雀」という女の子のスタッフが一緒に麻雀を打つ雀荘が、すごく流行り始めたんですよ。それで、そこで働く女の子たちがプロになるケースが増えて。プロになるとそれぞれのお店での待遇が良くなったりすることが多かったんですね。それで爆発的に女性プロが増えていきました。それで結果的に、全国の雀荘がお客さんを集めるためにそういう女性プロを「ゲスト」としてお店に呼んだりしていて。私も本当に、全国どこへでも行きましたよ。

月の半分くらいは地方、っていうこともありましたね。麻雀だけじゃなくて、パチンコやパチスロのイベントに出たりもしていたので、そういうのも含めてですけど。たいてい日帰りなので観光したり美味しいものを食べたりもあまりできず、「いま自分はどこにいるんだろう?」みたいな感覚でわけわからなくなったりもしてました(笑)。

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