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UPDATE|2021/10/05

オールナイトニッポン元チーフD・石井玄が語るラジオ業界奮闘記「番組終了は僕の責任だと後悔」

石井玄 撮影・松山勇樹

『オードリーのオールナイトニッポン』『星野源のオールナイトニッポン』など、数々の伝説のラジオ番組のディレクターとして携わってきた、石井玄。深夜ラジオファンなら「石井ちゃん」「ひかるちゃん」などの愛称でおなじみだ。そんなニッポン放送のラジオマン、石井玄が9月15日に初のエッセイ『アフタートーク』(KADOKAWA)を上梓した。ラジオに救われた若き苦悩時代や、番組が最終回を迎える葛藤など、激動の “ラジオ人生”について話を聞いた(前後編の前編)。

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――『アフタートーク』を読んで、(リスナーとして)ラジオに「救われた」経験が石井さんの仕事につながっていることがわかりました。

石井 大学時代、何も目的がないから授業が楽しくないし、いわゆるキャンパスライフにも溶けこめなくて。「このまま漠然と生きていいのだろうか」と悩むようになっていたんです。そんな時、高校時代に好きだった深夜ラジオをまた聴くようになって、特にJUNK(TBSラジオ)で伊集院光さんや爆笑問題の太田光さんが話すエピソードに救われました。

伊集院さんは「昔から小さいことで悩んでいるし、今も悩んでる」といったトーンで話しつつもそれを笑いに変えていたし、太田さんでいえば、高校3年間、ひと言も言葉を発しないのに皆勤賞だった、と。そんな人たちがラジオのパーソナリティをしていることが救いになったというか…。「自分だけじゃないんだ!」と思えて、勝手に「生きていていいよ」というメッセージに捉えたんです。ラジオを聴いていれば余計なことを考えなくて済むし、来週も聴くために生きよう、というサイクルが生まれました。

――日本全国でラジオを聞いているリスナーたちにも「救われた」感覚があることは、ラジオ業界に入る前に気づいていましたか?

石井 大学生の時は気づいてなかったし、ラジオ業界を目指して入った専門学校でラジオが好きなヤツらと会うんですけど、そこでも「この番組が好き」みたいな話で止まっていたんです。ラジオ業界で働きはじめても、そういう話にはならなくて。

明確に「救われている人がたくさんいるんだ」と思えたのは、2017年に星野源さんが『星野源のオールナイトニッポン』でギャラクシー賞のDJパーソナリティ賞を獲って、そのスピーチで「ラジオは命を救うメディア」という言葉を聞いた時でした。星野さんも番組構成作家の寺坂直毅さんも「ラジオに救われた」経験があって、そんな3人で『星野源のオールナイトニッポン』を作っていたんです。


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