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UPDATE|2022/02/09

南果歩がライフワークの海外一人旅を語る「初対面の人の家に宿泊、私はどこでも生きていける」

南果歩 撮影・田中健児

1984年に女優デビューを果たし、現在までテレビや映画、舞台などの第一線を走り続けている南果歩。2月4日には、最新エッセイ『乙女オバさん』(小学館)を発売し、自身の出自から2度の結婚、突然の病、大切な人との別れなど…真っすぐに半生を綴っている。なぜ今、自伝エッセイですべてをさらけ出したのか? そして、コロナ禍で伝えたいメッセージとは……。(前中後編の中編)

【前編はこちら】南果歩が綴る、幼少期から現在まで波乱万丈の女優人生「小さい頃の苦労経験は強み」

【写真】歳を重ねるごとにより一層美しさを増す南果歩の撮り下ろしカット【10点】

――南さんのお母様は、とてもバイタリティーのある方だそうですね。

南 自分のお店が忙しくて、買い出しも母がやっていたので、いつも走っていました。参観日なんかにも必ず来てくれるんですけど、派手な色のセリカで学校に乗り付けて、カッカッと教室まで入ってきて、髪は茶髪で、すごくおしゃれだったのでパリッとした格好で目立つんです。教室の扉を開けると、みんなが振り返って「南のお母ちゃんだ!」と。クラスメイトの間でも有名なんですよ(笑)。時間がないから授業が始まって、私と目が合ったら手を振って帰る、みたいな。

――南さん自身も母親になって、お母様の影響は受けていると思いますか?

南 母は5人の娘を育てて、私はたった一人の息子なので、比較にならないと思いますけど、私も働きながら育てたので、似たような感じはありますね。子どもの学校行事は欠かさずに出席して、学校のボランティアや役員もやっていました。

――一度目の離婚後に家を建てたそうですが、それもお母様の影響なのかなと。

南 家を建てたことに関しては、私が幼少期に引っ越しが多かったので、息子には地元と言える場所を持ってほしかったんです。自分のためではないですね。私自身はどこでも生きて行けると思っています。

AUTHOR

猪口 貴裕


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