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UPDATE|2019/02/10

日本経済がどん底に落ちた1997年のあの日、モーニング娘。は誕生した

モーニング娘。と命名された彼女たちがメジャーデビューをかけてシングル『愛の種』の手売りを始めたのは11月3日、ちょうど三洋証券が会社更生法の適用を申請したその日であった。そして大阪、福岡、北海道と回るも毎度完売を逃し、たどり着いた4回目のキャンペーン会場・名古屋でついに目標の5万枚を売り切ったのは11月30日。  それは金融機関の破綻が一斉に起こり、安定成長を誇った日本経済がどん底に落ち、ワシントンポストが「Goodbye, Japan Inc.」と書いた、あの1997年11月の、最後の1日である。
 この国における1990年代とはつまり敗北の歴史であった。バブル崩壊後に始まった不景気の連鎖は止まるどころか年々広がっていき、前時代を知る大人はいつもため息をついていたし、前時代を知らない若者たちは人生を深刻な就職難にただ委ねるしか選択肢がなかった。
 そんな当時の状況の中で人々が持て余した未来や可能性は一体どこへ向いていたかというと、テレビでありCDの世界だった。年々上がっていく視聴率は不況など関係なくテレビを成功の地にし、CDは海外旅行やブランドファッションの代替品として若者の心を潤わせ、売上が爆発的に伸びていく。
 番組表の端っこにあった『ASAYAN』(テレビ東京)が人気番組になったのも、言ってしまえば木村拓哉にも広末涼子にもなれない若者がある日突然脚光を浴びる、そんな90年代のサクセスストーリーが〝夢のオーディションバラエティー〟にはすべて詰まっていたからだ。
 しかしそれでもスポットライトの傍には常に誰かの影がある。

「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」の優勝者が平家充代に決まった後、落選した参加者たちはそのままステージで拍手を送り、収録が終わると勝者の平家を笑顔で抱きしめる。
 収録後、彼女たちはそれぞれインタビューに答えた。

AUTHOR

乗田 綾子

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