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UPDATE|2019/03/10

中澤裕子がモーニング娘。に教えた「別れの意味」


選んだ未来の寂しさを胸に、それでも「完全燃焼」(※5)という言葉をもって、中澤裕子が悔いなくゴールテープを切ったその3カ月後。テレビでは水兵をイメージした衣装でステージに立ち、声高らかに宣誓する、若きモーニング娘。9人の姿が何度も繰り返し放送された。

「HO~ほら行こうぜ そうだみんな行こうぜ」

2001年7月にリリースされた12枚目のシングル『ザ☆ピ~ス!』は前作『恋愛レボリューション21』に続く明るい楽曲で、中澤卒業を不安視する声を吹き飛ばし、見事オリコン初登場1位を獲得した。しかもその偉業は1位獲得にとどまらず、『ザ☆ピ~ス!』は23週にわたってランキングに登場し続ける、久々のロングヒット曲へと育っていく。そしてこの動きは有名メンバーの卒業=人気低下が宿命だったモーニング娘。にとっても、前作を良い記録で上回った、記念すべき初めての出来事となった。

なぜ『ザ☆ピ~ス!』はリーダー卒業の逆風を跳ね除けられたのか。理由は大きく2つある。

1つはブレイクと数々の大舞台を経て、素人集団だったモーニング娘。がこの頃ついに、スターとしての熟成期を迎え始めていたということだ。プロデューサーのつんく♂のライナーノーツを見ても、最初は「育てる」という言葉で表現されていた彼女たちは、’00年代に入ると「立派なエンターテイナー」に評価が変わる。そしてその視点はファンの反応にしてみてもほぼ同じで、ステージでの経験を共有するたびに刹那的な応援だけでなく、グループそのものへの信頼が、この頃のモーニング娘。には少しずつ生まれ始めていた。

そしてもう1つ、繰り返される加入と卒業の果てにモーニング娘。は、それまでのアイドルにはない精神面の特別な強さを、自然と身に着け始めていたということがあった。それこそ、中澤の卒業である。

ドラマティックな結成から3年間で3人の卒業、そして続く4人目となったリーダーの卒業報告に際し、長く苦楽を共にしたメンバーたちは最初、ショックや不安で言葉を失う。しかし自立のためのステップという中澤の前向きな意思こそが、いつしか若いアイドルたちに寂しさだけでは語れない「別れのもう1つの意味」を、自ずと気づかせた。

「いつまでも、裕ちゃんに甘えてちゃいけない」(安倍)(※6)
「私がモーニング娘。として何が出来るかを考えたとき、裕ちゃんが卒業して変化するグループを支えていける存在でいられたらと思った」(保田)(※7)

彼女たちはモーニング娘。という人生を通して、時間は有限であり、今日のありふれた日常はけっして当たり前のものではないことを知る。中澤卒業直後のシングル『ザ☆ピ~ス!』の明るさはアイドル稼業の向こうに「諸行無常」を知った、そんな少女たちのありのままの輝度でもあったのだ。だからこそモーニング娘。はあのとき、「ありふれた日常を心から愛せよ」と、迷いなく歌いきれていたのだろう。

だが同じ2001年、世界中の人々は、それ以上にかつてない衝撃をもって、ありふれた日常の尊さを知ることとなる。
AUTHOR

乗田 綾子

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