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UPDATE|2019/03/17

モーニング娘。飯田圭織「タンポポがいっぱいだよ」2ちゃんねるが生んだ奇跡

モーニング娘。と山一證券、モーニング娘。と小泉構造改革、モーニング娘。とミレニアム問題……。ニッポンの失われた20年の裏には常にモーニング娘。の姿があった! アイドルは時代の鏡、その鏡を通して見たニッポンとモーニング娘。の20年を、『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』の著書もある人気ブロガーが丹念に紐解く! 『月刊エンタメ』連載中の人気連載を出張公開の6回目は2002年のお話。


2002年、モーニング娘。の音楽作品に、初めてある言葉が登場した。

「繋がんない夜10時のネット」(『いきまっしょい!』)

この2002年とはちょうど、インターネットの人口普及率が国民の過半数(57.8%)に初めて達した年でもある。そもそもモーニング娘。が『愛の種』でインディーズデビューした1997年、電話回線を使うダイヤルアップ接続が主流だったインターネットは人口普及率も9.2%とかなり低い数値に留まっていた。しかし直後に携帯電話による接続サービス「iモード」や高速通信が可能な「ADSL」が登場すると、ネット利用者が急増。中でも10~30代はネット普及率9割とその訴求効果はすさまじく、彼らに牽引される形で、日本社会のIT化は止まることなく突き進んでいったのである。

そして面白いのは、そのネット黎明期の若年層が、黄金期モーニング娘。のファンゾーンと完全に一致していたという点だ。自分と同年代のアイドルを応援する若きファンは毎夜“繋がんない”回線環境にもめげず、パソコンを立ち上げてはグループの楽曲やテレビ出演の感想を、いつも熱心にネットへ書き込んでいた。

「ネット社会が始まって“2ちゃんねる”ができた頃は、ネットに参加してる連中っていうのはすごく能動的で(中略)“つんく♂が今回の曲で安倍なつみをセンターに持ってきたのは、やっぱりこれこれこういう理由なんだよ。『ASAYAN』を観てもこうだったし”とかね、嘘でもええから書いてるんですよ。まあそれを“ああ、こいつマニアックやな”とか“それは違うな”って思いながら読んで」(つんく♂)(※1)

後にプロデューサーのつんく♂も見ていたことを明かしているように、ファン同士が気軽に繋がるネットコミュニティは、それまでのテレビや雑誌とは全く違う形の情報を日々全国に発信した。どんな小さなことでもファン自身の手で価値が見出され、その発見のやりとりで、声援がさらにボリュームアップしていくのである。

2000年代初頭にかけて大ブレイクしたモーニング娘。がデジタル文化最初の国民的女性アイドルであることは間違いないが、それは同時にモーニング娘。のファンコミュニティが、この国でかなり早い時期からネットを通じて大きく広がっていたということでもある。

そしてその象徴といえる出来事も、やはりこの2002年、それは多くの人の記憶に深く刻まれる形で起きていた。
AUTHOR

乗田 綾子

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