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UPDATE|2019/03/23

「よりよい未来のために」モーニング娘。高橋愛が耐えた痛み

モーニング娘。と山一證券、モーニング娘。と小泉構造改革、モーニング娘。とミレニアム問題……。ニッポンの失われた20年の裏には常にモーニング娘。の姿があった! アイドルは時代の鏡、その鏡を通して見たニッポンとモーニング娘。の20年を、『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』の著書もある人気ブロガーが丹念に紐解く。『月刊エンタメ』の人気連載を出張公開。7回目は2003年のお話。


2000年代前半の日本社会は、常にこの人の言葉と共にあった。

「古い自民党をぶっ壊す」

2001年に第87代内閣総理大臣に任命された小泉純一郎は、革新的なリーダーを望んでいた国民からの絶大な支持を支えに、そのまま「聖域なき構造改革」と呼ばれる大胆な政治改革に着手する。 かねてより掲げていた郵政事業の民営化、銀行の不良債権処理、そして労働者派遣法などの規制緩和は、国民の生活にも大きく影響を及ぼすものでもあった。小泉首相は2001年、就任後初の所信表明演説でこう語っている。

「今の痛みに耐えて、明日を良くしようとする米百俵の精神こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないか」

“よりよい明日のために、痛みに耐える”

それはちょうど同じ時期、『LOVEマシーン』での大ブレイクから数年が経過しようとしていた当時のモーニング娘。の状況にも大きく重なる部分があった。累計98万枚を売り上げた2000年の『恋愛レボリューション21』を最後に、シングル売上は下降線をたどり始めていた。2001年10月の『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』は約51万枚、2002年10月の『ここにいるぜぇ!』は約22万枚にまで落ちている。

そしてそんな時期のモーニング娘。の中で、もっとも“痛み”に耐えていたのは、2001年に5期メンバーとして加入した高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴、新垣里沙の4人であった。 テレビでいつもモーニング娘。を見て楽しんでいた普通の少女たちはまず加入直後に、お茶の間での想像とは全く違う、妥協を許さないパフォーマンス集団・モーニング娘。の高い壁にぶつかる。

「スピードもクオリティーも全部が想像以上」(新垣)(※1)
AUTHOR

乗田 綾子

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