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UPDATE|2019/06/02

アイドル歴15年SUPER☆GiRLS異色の新人・金澤有希「それでも私が続ける理由」[幼少期の写真も]

幼稚園時代、ミニモニ。に夢中になっていた頃の金澤有希

先日、3回にわけて公開した記事、「異色の新人金澤有希『それでも私がアイドルを続ける理由』」は多くの反響を呼んだ。だが、2万字を超える原稿は新規の方にはあまりにも長すぎた……。苦節15年の彼女のアイドル半生をより多くの人に読んでいただきたいと、今回、文字数を4分の1に再構成してお届けする。これを読んで彼女のことが気になった方はぜひ完全版も読んでみてください。(再構成にあたって、未掲載の幼稚園、小学校、中学校時代の写真も公開します)



──今回は金澤さんのアイドル半生をお聞ききしたいと思っています。そもそもアイドルを目指すようになったきっかけは?

金澤 私の場合、とにかく大きかったのが辻希美さんの存在。幼稚園の頃はモーニング娘。さんとミニモニ。さんがそれこそ大フィーバーしていまして、年長組のとき、お遊戯会でミニモニ。さんを踊ったんです。そこから一気にのめり込んでいきました。妹と一緒に常に熱狂している状態で、新曲が出るたびにビデオ録画した映像を何度も繰り返し観て、妹とずっと踊っていました。北海道でコンサートがあると、「絶対に行く!」って姉妹で親におねだりしていましたね。

──そして最初のアイドルグループに加入したのが……。

金澤 小学校5年生のとき。父親と一緒に買い物していたら、街中で声をかけられました。タッチというグループだったんですけど。

──苫小牧のローカルアイドルだったとか。

金澤 苫小牧に住んでいる人は全員が知っているような存在だったんです。でも、いざ活動を始めてみたら本当に大変で……。とにかくすべてを自分たちでやらなくちゃいけなくて。機材運びから会場のセッティングとかも全部。何より辛かったのが寒さです。北海道ですから、冬は氷点下15度ぐらいまで下がる気温の中、ミニスカート姿で会場の準備とかしているんです。すごく印象に残っている出来事があるんですよ。野外でイベントをやる際、セッティングを済ませた後は、お客さんもいない外の会場の隅っこで、メンバーは円になってヒーターを囲むんです。そうすると、あまりにも寒すぎて手足の感覚がなくなってくるんですよ。寒さで感覚がないものだから、気づいたらヒーターの熱で手袋が溶け始めていて……。「あっ、ヤバい!」って、そこでハッとするわけです(笑)。

──でもそのタッチには高校1年生まで在籍します。なぜそこまで長く在籍したんですか?

金澤 同時にやりがいはすごくあったんです。苫小牧市で大きなお祭りがあると、必ず出演させていただいて、「この人たちが少しでもタッチを好きになってくれたら……」って考えると、なんだかワクワクしてくるんです。あと一番大きいのは、“アイドルが好き”だっていう気持ちですよね。その部分だけは、幼稚園年長のときから1ミリも変わらなかったです。
AUTHOR

小野田 衛

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