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UPDATE|2019/09/14

『ウルトラマンタイガ』ヒロイン役、吉永アユリ「旭川ピリカに出会えて第二の人生が始まった」

撮影/松山勇樹



──幼少期はどんな子どもでした?

吉永 幼稚園の頃からテレビっ子で、歌番組を見ては自分で作ったダンスを踊っているような子で、そんな姿を見た母に「芸能界に向いているかもね」と言われたこともあります。
小学生に入ると映画・ドラマが大好きにものすごくハマって、ドラマを観るたびにコロコロ夢が変わるような子でした。例えば『アンフェア』を見たら刑事! 医療ドラマを見たらお医者さん!と、その時々に観たドラマに影響されていました(笑)。

──いつ頃からこの世界のことを意識するようになりましたか?

吉永 小学生高学年になると、ティーンファンション誌を読みはじめて、オシャレに目覚めたことで、「いつか、ファッションショーに出てランウェイを歩きたいなぁ……」と、ボンヤリと芸能界を意識し始めるようになって。それで、小学5年生の頃に、見に行ったファッションショーの会場で今の事務所の方にスカウトしていただきました。夢が目の前にやってきて、この時に初めて「本格的にやりたい!」という気持ちになり、両親に想いを伝えました。母には「絶対に大変だよ」と反対され、父もやりたいことがあればやればいいというスタンスなんですが、どちらかと言えば反対側で。それでも熱意を伝え、なんとか認めてもらえました。

──この世界に入って印象的だった仕事は?

吉永 入って間もなく初めてのオーディションで合格した『告白』(11年)という映画です。合格後、出演者全員で半年間のレッスンを受けることになるのですが、のんさん、橋本愛ちゃん、三吉彩花ちゃんと、演技の上手な同世代の方々に囲まれたんですね。演技経験ゼロの私はとにかく圧倒されちゃって。けど同時に「負けるもんか!」という気持ちと、演技への情熱が湧いてきて、とにかくガムシャラに臨み続けました。無事撮影も終わり、とても素敵な作品に仕上がり、しかも日本アカデミー賞最優秀作品を始めたくさんの賞をいただいて……、この一つの作品を作り、たくさんの人に見てもらい結果を残すという一連の流れに感動を覚えて、この世界って楽しい!と思えるようになったんですよ。『告白』を通じて、その後『鈴木先生』(11年)、『渇き』(14年)にも呼んでいただけるなど、この時の経験が私の世界を広げてくれました。振り返ると、本当に最初の現場で最高の経験をさせてもらいました。

──では、この活動で辛い思いを経験されたりは?

吉永 小6のころにCM撮影でタイに行った時ですね。用意していただいたホテルのスイートルームに一人で泊まらなければいけなくて。大きい部屋に一人ポツンといる状況がとにかく心細かったし、寂しさを紛らわすためにつけたテレビでは、数時間おきに川がズ~ンと流れるだけの映像が流れて。それを見続けていたら、ドンドン暗くなっていっちゃって、仕事なんてもうイヤだ!!って、滞在期間中ずっとお母さんに泣きながら電話していました(照笑)。
AUTHOR

田口 俊輔

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