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UPDATE|2019/10/18

「アイドルの持つ力を信じて」モーニング娘。から高橋愛が飛び立った日

モーニング娘。年代記 第16回

アイドルは時代の鏡、その時代にもっとも愛されたものが頂点に立ち、頂点に立った者もまた、時代の大きなうねりに翻弄されながら物語を紡いでいく。結成から20年を超えたモーニング娘。の歴史を日本の歴史と重ね合わせながら振り返る。『月刊エンタメ』の人気連載を出張公開。16回目は2011年(後半)のお話。


※2011年前編<「笑顔と元気」2011年のモーニング娘。が見つけた自分たちの真価>はこちらから

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「モーニング娘。またまたオーディションやります!」

2011年5月、総合プロデューサーのつんく♂がいつものように、モーニング娘。のコンサート内で呼びかけたこの言葉。しかし2010年8月に告知された9期メンバーオーディションと、2011年5月に告知された10期メンバーオーディションには、かなり大きな違いが存在している。それはそのまま、受験対象の少女たちがあの東日本大震災を経験していたか否か、という点である。

一足早く芸能界入りしたモーニング娘。9期メンバーがアイドルとして東日本大震災を経験した、2011年3月11日。後に10期メンバーオーディションの合格者となる石田亜佑美は、故郷・宮城県仙台市のダンススタジオで、普通の中学生としてあの大災害に遭遇している。今までに経験したことのない激しい揺れの後、急いで外に避難すると、見慣れていたはずの道は人で溢れかえり、近くには大きな看板が落下しているのが見えたという。

「見たことのない風景が広がっていて怖かった」(石田亜佑美)※1

被災直後に急いで自宅へ戻った石田は、家族の無事こそ確認できたものの、地震の影響で身の回りのライフラインは全て途絶してしまっていることを知る。

大好きなダンスを踊りたい、いつかは大きなステージにも立ってみたい。幼い頃からずっとそんな未来図を描いてレッスンに通っていた彼女が、普通の生活を取り戻し、再び夢を追いかけられるようになるまでには、地震発生から約1カ月の経過をじっと待ち続けなければならなかった。

そして彼女は後に、被災の記憶がまだ生々しく残る同じダンススタジオで、モーニング娘。オーディションの告知ポスターを見かけることになる。まだ歴代のメンバーに東北出身者がいないことを知った石田は、直感的にこう思い、オーディションへの気持ちが日に日に強くなっていったという。

「私が入ることで誰かの勇気につながるのでは」(石田亜佑美)※1

AUTHOR

乗田 綾子

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