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UPDATE|2019/12/07

強くて可愛いキックボクサー・ぱんちゃん璃奈、引きこもりだった少女が生き甲斐を見つけるまで【写真27点】

ぱんちゃん璃奈 撮影/丸山剛史


──高校を辞めたのが15歳のとき。キックを始めたのが22歳のとき。この空白の7年間は何をやっていたんでしょうか?

璃奈 いや〜、ほとんど何もやっていなかったかもしれない(笑)。すごく中身が薄い7年間でした。最初は時給750円の居酒屋バイトをしていました。それで高校を辞めたら、お母さんがすぐ別の定時制の高校に通うように言ってきたんですよ。だけどこれも通ってみたら合わず、結局、すぐ辞めることになり……。それで今度はお母さんに通信制を勧められて。もうこのへんは毎日ケンカばかりしていましたね。そもそも私は、なんのために高校に行かなくちゃいけないのかがわからなかったんですよ。大学に行く気もなかったですし。実家にいても衝突ばかりだから、これは無理だろうということになり、1人暮らしを始めました。それが16歳のときだったと思います。

──覚悟を決めたわけですね。

璃奈 だけど、やっぱり若い女の子が1人で生活するって大変なことなんです。バイトは時給1000円のコールセンターに変えて、それとは別に時給850円のカラオケボックスでもシフトを入れていました。2つ掛け持ちして、1日11時間くらい働いていました。それだけ働いているのに、家賃、電気代、ガス代、水道代だと払っていくと何も残らない。こうなると、もはやなんのために生きているのかわからなくなってきて……。当時は友達も周りにいなかったですし。それでバイトにもだんだん行けなくなって、家賃も滞納するようになり……途中からは家賃をお母さんに払ってもらっていました。こうして話してみると、私ってかなりのダメ人間ですね(苦笑)。

──ただ、そこからは人生のV字回復が始まるわけですから。

璃奈 いや、まだまだ暗黒期は続きます(笑)。バイトを辞めてから19歳くらいまでの1年半は、家から出ることができなくなっちゃったんですよ。いわゆる引きこもりですね。その頃は人と関わることができなかったから、ひたすら家の中で悶々とする日々。それでもなんとか気分を変えようと、何度か住んでいる場所を変えてみたりもしました。大阪の別の場所に引っ越したり、四国に移住したりとか……。

──人生の目的を見失っていたのかもしれません。

璃奈 そんな生活を続けていると、あるときに街で「モデルをやりませんか?」と声をかけられたんです。最初は髪のカットモデル、次にお洋服のモデル、そして舞台出演……モデルや芸能のお仕事をしているうちに、私もだんだん元気になってきたんですよ。

──スカウトは19歳のときが最初だったんですか?

璃奈 はい。だけど小6のときにAKB48さん1期生のオーディションを受けたことはあります。親が勝手に応募しちゃったんですよ。東京でやる最終選考まで進んだんですけど、当時の私は芸能界より水泳のほうが大事だったから、申し訳ないですけど辞退させていただきました。でも19歳のときは単なる引きこもりだったから、声をかけられたことがうれしかったんです。それで東京に出ることにしたんです。
ぱんちゃん
AUTHOR

小野田 衛


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