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UPDATE|2020/04/10

ハロプロ黄金期を支えた男たちの、あの頃。「モー娘。で仕事を失うことも」劔樹人&吉田豪

左から吉田豪、劔樹人 撮影/荻原大志



──対して杉作派というのは?

吉田 純粋にメンバーを支えたいと考えている一派ですね。彼女たちの目の前に水溜まりがあったら、そこに敷かれる上着になりたいと主張していましたから(笑)。そういう、「成り上がりたい人たち」VS「尽くしたい人たち」で、対立構図になっていたんです。でも実際の話、コイタくんをはじめとして、爆音娘。周辺にいた人が成り上がった人がいたのも事実。でんぱ組.incのいるディアステージを創設したもふくちゃん(※6)も、モーヲタ界隈にいた人が今も仕事仲間として繋がっていると話していました。

劔 一方、杉作さんはのちに男の墓場プロダクション(※7)を作るわけです。でも、これだってモーヲタのみで構成されていましたからね。

吉田 ボクはどっち派でもなかったけど、だんだんビバ彦さんの周りからは人が離れていったんです。それはやっぱりお金の問題での不信感も大きかったのかな。逆に言うと、それくらい爆音娘。が儲かっていたわけなんでしょうけど……。

劔 正直、大阪に住む僕はそのへんの細かい事情がピンと来ていなかったですね。

吉田 でも大阪でやった爆音娘。には、ハロプロあべの支部の人たちも関わっていたわけでしょ?

劔 それはありました。僕の場合、最初にハロプロあべの支部のトークイベントをお客として観に行ったら、そのまま知り合い全員で爆音娘。の会場に移動することになったんです。

吉田 そのときのトークイベントは、どういう内容だったの?

劔 いや、普通にモーニング娘。のことをああだこうだと話しているだけ(笑)。東京ではロフトプラスワンとかでトークイベントを頻繁にやっていたから、そういう文化に対する憧れがあったんだと思います。

──どうしてトークイベントだったんですか?

劔 僕ら関西のハロプロあべの支部は、どちらかというと言論派だったんですよ。なので、ヲタ芸とかも特に打たずにトークライブやネットライブを主戦場にしていました。

──言ってしまえばインテリ系?

劔 まぁそういうことになるんでしょうかね(苦笑)。ただ一方で、関西にもヲタ芸をするような行動派も生息していたんです。「ヲタ芸四天王」と奉られている連中もいましたから。その四天王はすごく身体もできあがっていたし、確かに動きもキレがあって見事なんですよ。ヲタク系のDJイベントでも朝までぶっ通しで踊っていたから、とんでもない体力だなと感服しました。

CREDIT

取材・文/小野田衛 撮影/荻原大志

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