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UPDATE|2020/04/11

ハロプロ黄金期を支えた男たちの“あの頃。”「モーヲタは遅れてきた青春だった」劔樹人&吉田豪 <後編>

左から吉田豪、劔樹人 撮影/荻原大志

2000年代初頭。誰もがハロー!プロジェクトの曲を知っていた、あの頃。中でも、ハロプロ──モーニング娘。を愛してやまないディープな“モーヲタ”が放っていた熱量はある種異様だった。当時のファンのリアルを知る吉田豪と、それを自伝的漫画『あの頃。男子かしまし物語』に落とし込んだ劔樹人(つるぎ・みきと)に、改めて“あの頃”の異様さを語ってもらった


>>前編はこちら

──『あの頃。』映画化のポイントは、普通の「アイドルファン」ではなく、当時の「モーヲタ」を描いている点にある気がします。

劔 本当にその通り。そこは原作者としても非常にこだわっているポイントですね。ともすると、ドラマや漫画の中のアイドルヲタク描写って画一的じゃないですか。そういうのって当時を知っている人からは見透かされちゃいますから。「ダメだ。これはリアルじゃない」って。

吉田 そのへんは劔くんが関わっている以上、大丈夫だろうとボクは信じているんですけどね。すごいなと思ったのは、「この時代のサムライさんって、どんな恰好をしていましたっけ?」というメールをボクに送ってきたとき。「そこまで徹底して時代考証しているんだ!」って感動しましたから。でも言われてみたら当時のサムライは短パン姿ではなく、ミニモニ。の子供用衣装をピチピチの状態で着ていたんです。あるいはPOLYSICS(※11)みたいなツナギのパターンもあった。

──それは確かに大きく違いますね(笑)。

吉田 そういえばこの間コンバットREC(※12)と話していて思い出したんですけど、当時のサムライってそこまで奇抜な人ではなかったんですよ。あのときは特殊な人揃いだったから、特殊な人の1人でしかなくて、わりと埋没していたんですよね。

劔 確かに見るからに異様な人が多かった! 今のヲタクカルチャーにないものとして、まず写真を着ていましたよね。ベタベタ洋服に生写真を貼り付けて歩いていた。

──タワーレコードの嶺脇育夫社長も、アイドルファンになったきっかけはヲタクの存在が大きかったと発言しています。爆音娘。や『BUBKA』系のトークライブにも顔を出していたようですし。

劔 僕もその要素はかなり強いですよ。単純に面白い人がたくさんいるという印象があって。

吉田 みんな熱かったですからね。ケンカしている姿も楽しそうに見えた。思想の違いも含めて面白いじゃないかという感覚ですよ。

──当時を知らない人からすれば、「何で同じものを好きな人同士でケンカしているの?」って意味が分からないはずです。

劔 まぁ当時のモーヲタのノリは学生運動みたいなところがありましたから(笑)。野望と挫折に彩られた青春の季節というか。

吉田 その中でも大きかったのは、矢口真里のスキャンダルじゃないかな。かなり雑な扱いで脱退していく矢口さんに対して、「問題を起こしたとはいえ、あれだけの功労者。最後はきちんとした形で卒業させるべきだろう」というのが『BUBKA』一派の主張だったんです。要するに事務所の姿勢に対して憤っていた。

劔 大阪だと『あの頃。』にも出てくるコズミン(※13)が同じ意見の持ち主でしたね。だからコズミンはアップフロントの前で座り込みをしようとしていたんです。ハンストしたガンジーみたいなものですよ。

CREDIT

取材・文/小野田衛 撮影/荻原大志


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