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UPDATE|2023/09/08

しごきや鉄拳制裁は? 永田裕志が解説、昭和と令和でこんなにも違う「道場内での練習論」

撮影/松山勇樹

“鬼軍曹”山本小鉄氏による血の滲むような猛特訓、“プロレスの神様”カール・ゴッチ氏のトランプを使った過酷なトレーニング……。昭和の新日本プロレス道場は、最強を目指す猛者たちが根性論をベースに肉体を鍛え上げる場として機能していた。翻って現代は、スポーツ界全体が科学的トレーニングと合理的な食事メニューに移行している。

【写真】道場での練習について語る、永田裕志【6点】

 現在、永田裕志は選手として活躍する一方、指導者としてアマレスの選手育成にも深く携わる。昭和と令和でプロレスラーの練習内容はどのように変わったのか? 今でも道場でスパーリングは行われているのか? そもそもプロレスにウエイトトレーニングは必要なのか? プロレスラーの“トレーニング”を永田が正面から論じた。

「僕が新日本に入った頃は、現石川県知事の馳浩さんが練習を仕切っていたんです。それまでプロレスラーの練習というのは手取り足取り教えるというより、“勝手に盗んで覚えろ”という感じだったんですね。その点、馳さんはきちんと筋道を立てながらプロレスを教えてくれるタイプだったので、そこで変わった部分は大きいと思います」

 コロナ以降、合同練習の回数が少なくなったが、メニュー内容は永田の入団当時と大きくは変わらないという。すなわち最初にストレッチ、そのあとでヒンズースクワットや縄跳びなどの基礎トレーニングを徹底して行っていく。プッシュアップだけで両手の幅に変化を加えながら10種類ほど行うので、それぞれ20回ずつ繰り返すだけでも身体がパンパンに張るそうだ。

「昔と変わった点としては、体幹トレーニングの要素が加わったこと。あとは食事に対する意識も大きく変わりましたね。僕が入門したとき、若手は1日2回ドカ食いするというのが鉄則だったんです。異常にデカい丼を2杯、無理矢理詰め込んで身体を大きくしていました。ジュニアならではの魅力もあるけど、やっぱりプロレスの花形はヘビー級。デカい人たちがバンバンぶつかるから、インパクトも出るわけであってね。もちろんデカくなりすぎると動きにキレがなくなるので、そこは自分の身体と相談しながら大きくするべきですけど」

 そして時代は変わり、現代の選手の多くは余計な脂肪をつけずに筋肉を大きくすることを念頭に置くようになった。栄養素と食べる時間帯をしっかり考えるのは選手間の常識。低カロリー・高たんぱく質を基本にしつつ、ときにはフルーツも意識して摂取。「プロレスラー=大食い」というイメージは、もはや過去のものになりつつある。

「若手時代、海外遠征で外国人選手の食事風景にビックリしたことがあるんです。控室にゆで卵をボイルする機械を持ち込み、黄身の部分だけを捨てながら食べていた。そうやって理想の身体を手に入れるのかと唖然としましたね。90年代に入ると、日本でもアメリカの影響で栄養学的な考えが出回るようになりました。新日本では、やっぱり第一人者はタナ(棚橋弘至)だったと思う。タナは研究熱心だったから、若手はみんな彼がやっていることを参考にしていましたし」
AUTHOR

小野田 衛


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