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UPDATE|2022/06/25

「プーチンは退かない」軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏が見てきたプーチン・ロシアの本質と野望

写真◎getty images


――プーチン政権の体質や行動原理はその頃から変わっていないようですね。

 プーチンの思想信条を作ったのはソ連共産党の支配体質と、冷戦終結後のロシアの混乱がもたらしたショックだと僕は考えます。ソ連で生まれKGBでも働いていたので、非合法な嘘や殺戮もいとわない非人道性が染みついています。

 ソ連の崩壊でルーブルは紙くずに、食料も満足に買えない苦境にロシア人は見舞われ、国外からも軽蔑される。これがプーチンにとっては屈辱以外の何者でもなく、あらゆる犠牲を払っても強いロシアを復活させる野望が芽生えた、と考えています。

 NATOの東方拡大がロシアの安全を脅かすとか、ウクライナとロシアは歴史上一つの国である、ゼレンスキー政権はネオナチである、といった侵攻正当化の論理も、ロシアをかつてのソ連のような、軍事・政治面で強い大国にすることを正当化するためのものです。

――アメリカと覇権を競った超大国ソ連の崩壊というトラウマ体験がプーチンの原動力でもある、と。

 いわば、プーチン達は幕末の志士のような「世直し」のような意識を原動力にのし上がってきたのかもしれません。ただし、その手法は他者を殺戮することを厭わない非人道的なものですが。
彼は権力者となると「シロビキ」と称される同世代のKGB時代の古い友人たちを引き立てて国政の要職につけてきました。その何人かは現在でもプーチン政権中枢にいて、今回のウクライナ侵攻にあたっても政権のブレーンとしてプーチンを後押ししています。

 誇り高く強いロシアを取り戻す、という動機だけなら美談にも見えますが、プーチンにはKGBの体質が骨の髄まで染みついているので、人を殺すことを何とも思わない。だから政敵の暗殺も虐殺も、プロパガンダで自らを正当化し国民を洗脳することも厭わないのです。ウクライナ侵略もその延長線上にあります。

――しかし、日本や欧米ではそのようなプーチン・ロシアのダークな面は見過ごされてきました。

 まず2001年の9.11テロで、国際社会の安全保障上の関心はロシアよりもイスラム過激派のテロに向いてしまうんです。また中国も経済力をバックに軍拡を進めてきた。落ち目のロシアよりアルカイダや中国の方が問題だ、と、プーチンとロシアへの関心がここで一度薄れてしまったようにも思います。僕自身も、2000年代はプーチン・ロシアよりもアルカイダや中国のサイバー工作部門といった分野の記事を主に書いてきました。

 それに、2000年代はまだ米露の軍事力・経済力に隔たりがあり、アメリカはイラクやアフガニスタンに介入してきたブッシュ政権でしたから、プーチンも大人しくしていたんです。しかしオイルマネーでロシア経済が復活し、軍事介入に消極的なオバマ政権になると、ロシアはアメリカの出方を探りながら対外的な介入を始めます。

 国連安保理でも国民を殺戮するシリアのアサド政権に圧力をかける決議案を拒否権でことごとく葬りました。2013年にはアサド政権がサリンを使用して住民を虐殺しましたが、オバマ政権が軍事介入を回避したことで、もう米国は怖くないと確信したのでしょう。翌2014年にはクリミアと東部ウクライナに侵攻し、さらに翌2015年には劣勢に陥っていたアサド政権を助けるためにロシア軍をシリアに派遣し、自ら虐殺への加担を開始しています。

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