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UPDATE|2024/04/14

奥菜恵、ターニングポイントは二十歳「アイドル扱いされたくないと、必死に役にしがみついた」

奥菜恵 撮影/西邑泰和 衣装協力:LAGUNAMOON

デビュー30周年を記念して、15年ぶりとなる写真集『奥菜恵写真集 Okina Megumi』(宝島社)を刊行した奥菜恵。色香漂う妖艶なショットから、愛犬と戯れるナチュラルな姿まで、多彩な表情が収められた写真集の見どころや、6月から公演が始まるナイロン100℃の舞台にかける思い、ターニングポイントになった作品などについて語ってもらった。(前後編の後編)

【写真】15年ぶりに写真集発売した奥菜恵の撮り下ろしカット【5点】

──ここからはキャリアについてお伺いします。この世界に入ったきっかけを教えてください。

奥菜 13歳のときにスカウトを受けたのがきっかけだったんですが、それまでは、どちらかというと裏方のほうに興味があって、ヘアメイクさんや美容師さんになりたかったんです。まさか自分が表に立つ仕事をするなんて思ってもいなかったですし、今も人前に出るのは苦手です(笑)。

──コスメブランド「ni-Nin(ニーニン)」のプロデュースや美容関連の活動も行っていますが、そういう原点があったんですね。

奥菜 表現者として表に立つ仕事も好きなんですけど、もともとコツコツものを作るのが好きなんですよね。スカウトされた時に両親に相談したんです。そしたら、「自分でやりたいと思うんだったらやりなさい。無理にやらなくていいから自分で決めなさい。でもやるんだったら、ちゃんとやらなきゃ駄目だよ」と言われて、「じゃあ頑張ってやってみる」と。

──お芝居の楽しさを知ったのは、いつ頃ですか。

奥菜 徐々にというか、続けていく中でお芝居の魅力を知っていきました。

──デビュー当時、印象に残っている作品は何でしょうか。

奥菜 反響が大きかった作品で言えば、岩井俊二監督と初めてお仕事をしたフジテレビのドラマ「If もしも『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』」(1993)です。

──岩井監督の出世作ですね。

奥菜 当時の私は恥ずかしがり屋だから、とにかくオーディションが苦手で。この作品もオーディションで決まったんですが、岩井監督にいろいろ聞かれているのに、顔が真っ赤っかで何も答えられなかったんです(笑)。

──初舞台は1996年に出演した「アンネの日記」ですが、「第34回ゴールデン・アロー賞演劇新人賞」を受賞します。

奥菜 稽古期間が1ヶ月ぐらいあって、一つのストーリーを掘り下げていく過程で毎回違う感情が生まれて、自分の見えている世界が広がって見えて、こんなにお芝居って奥が深いんだと思いました。毎日がすごく楽しかったですね。

──ターニングポイントになった舞台は何でしょうか?

奥菜 20歳のときに出演した松尾スズキさんが主宰する大人計画の「キレイ」(2000)です。当時の私はアイドルと女優の狭間にいる気分というか。アイドル扱いされたくないと思って、必死に役にしがみついて演じました。おかげさまで公演も好評だったので印象深いです。

──30年以上活動してきて、俳優業を辞めようと思ったことはありますか?

奥菜 一度もないと言ったらウソになります。進路について考える高校時代にどうしようかと悩みましたし、その後も何度か葛藤する時期もありました。それでも続けようと思ったのは、やっぱりお芝居が好きだからですし、今もお芝居以上の喜びや感動はないと思っています。

衣装協力:LAGUNAMOON

【あわせて読む】デビュー30周年・奥菜恵の15年ぶり写真集が発売「ナチュラルな姿をカメラに収めていただきました」
AUTHOR

猪口 貴裕


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