FOLLOW US

UPDATE|2023/04/14

“マシュマロボディー”が話題・メイリ、「公園でレッスンしていた」波乱万丈の過去

メイリ 撮影/山口京和


東京での本格的な芸能活動はアイドルグループ「アフィリア・サーガ・イースト」。現在は改名し「純情のアフィリア」として活動する老舗アイドルグループだ。

メンバーは、全国各地にあるアフィリアグループのコンセプトカフェで働くキャストメンバーから選出されており、メイリは池袋店でバイトをしていた。

グループではアフィリアという王国に住む魔女っ子見習いというコンセプトに沿った名前がキャストにつけられ、北海道から上京した彼女は「メイリ・マロンフィール」と名乗ることになる。

「メイという名前にしようと思ったんですけど、 アフィリアグループの同じ店舗にメイちゃんがいたので『”リ”でもつけとけ』と店長のおっちゃんに言われて、メイリになりました(笑)下の名前も可愛いキャンディやミルフィーユみたいなものは『それは名古屋店の子が使ってます』『大阪店で使っている』と言われ、もうなんでもいいやとなって(笑)。私はよく『どうぶつの森』でマロンっていう名前でやってたんで、マロンフィールになりました。フィールは適当に語感でつけました。」

こうして始まった東京でのアイドル活動だがメイリが入ったのは黎明期。とにかくお金がなかった。

「最初は自社スタジオとかもなかったので、レッスンも公園で虫に刺されながらやってました。カラオケルームを借りて、狭い中で無理やり練習することも( 笑 )」

グループの人気は徐々に上がり、「TOKYO IDOL FESTIVAL」には第1回以降ずっとメインステージで出演していた。ただメンバーへのギャラはまだ多くはなく、メイリの場合、アフィリアとは別の芸能事務所に所属しており、事務所にもギャラを取られてしまうため、生活は厳しかった。

「メンバーの中には電気や水道を止められたり、ケチャップをなめて生活する子もいた」という。ただメイリは、アイドル活動自体は楽しかったと振り返る。

「アイドルはやりたかったことなんです。歌はなんか苦手なんですけど、ダンスがすごく好きで。ずっと北海道でもやってきてたので、すごい楽しかったですね」

一方、活動は休む暇がほとんどないほど忙しかった。

「地方にもよく行って、発売イベントを連日3か所ぐらい移動して、ライブして握手してを繰り返して。しかも私はお金がないんで、夜に発売イベントが終わったら1時間でもいいからと急いで店舗に戻ってバイトしてました。めちゃめちゃハードでした。"メイリは常に風邪をひいている"と噂されたぐらい( 笑 )、体力的にも限界で。」

アイドルにやりがいを感じる。けれど生活は苦しい。メイリもついに限界を迎えた。

「心身ともに疲れてきちゃって、、結局体調を心配した事務所の方と話し合い、活動休止を経て卒業することになりました」

4年のアフィリアでの活動を終えたメイリ。

「心身ともにダウンしていたのでしばらく寝込んでしまいましたが、2年ぶりに実家に帰ったり、リフレッシュもできました」
AUTHOR

徳重 龍徳


RECOMMENDED おすすめの記事