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UPDATE|2020/01/11

モーニング娘。の旅立ち…つんく♂プロデューサーが贈った最後の賛辞

モーニング娘。年代記 第19回



「ライブ前に会場に入り、メンバーを集めて、『歌えるありがたみ、ステージに立てるありがたみを、いつも忘れるな。ファンの皆様への感謝の気持ちをもって、独りよがりのライブにはしないように。お金を頂いている以上、プロとしての自覚を持つように』と、いつもメンバーに言っていることを改めて話した」(つんく♂)(※1)

実はこのとき、つんく♂はその胸に2つの事実を秘めていた。1つは体調面などを考慮した事務所との話し合いを経て、自身がハロー!プロジェクトの総合プロデューサーをこの2014年限りで退任すると決まっていたこと。

またもう1つは、このニューヨーク公演が教え子たちにとって、自身の声で直接伝えられる最後の「produced by つんく♂」になるということである。

「かすれてほとんど声の出ない僕が『歌えるありがたみを噛みしめろ』ということで、メンバーたちに何かが届くといい。僕はきっともう、この声では歌えない。一度くらいは、僕もこの街で歌ってみたかった、そんな思いを込めて話をした」(つんく♂)(※1)

もっとも、このニューヨーク公演の開催が決まった2014年春頃のつんく♂は、自身が声を失う未来などまったく想像もしていなかったという。当時行っていた咽頭がんの放射線治療にも「早く喉を治して、モーニング娘。のニューヨーク公演に帯同し、それを成功させること。そして闘病中の僕を日々頑張って応援してくれてる家族にもニューヨークの空気を体感させてやること」(※1)を目標に、辛抱強く、そして努めてポジティブに取り組んでいたのである。

しかし治療の末に、一度は完全寛解(すべてのがんが消失し、新たながんが出現していない状態)と診断されていたはずのつんく♂の喉に、がんが再び発見されてしまう。つんく♂がその報告を受けたのは、まさに2014年10月、ライブに立ち会うために家族を連れて前乗りしていたニューヨークのホテルだった。

「とにかくすぐ帰ってきてください、治療法を検討しましょう」「このまま放置するとどんどん腫れていきます。帰りの飛行機も危険です。一刻も早く戻ってきてください」(※1)

この時の医師の言葉が、状況のすべてである。

しかしつんく♂は結果として、帰国せずにモーニング娘。のライブをそのまま見届けることを選んだ。

周囲の猛反対を押し切ってまで滞在を決断した心境を、つんく♂はこう振り返っている。

「家族と一緒に新しい道を作るんだ」「越えるべき山をキチンと越えたい」(※1)

AUTHOR

乗田 綾子

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