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UPDATE|2022/07/17

「いつ辞めてもいいや、吹っ切れた」遅咲きのピン芸人・みなみかわの覚悟と開き直り

みなみかわ 撮影/西邑泰和



──08年頃「あらびき団」にピンで出演し爆笑を取りました。以降の芸能活動はいかがでしたか。


みなみかわ 09年に僕ら(元コンビ・ピーマンズスタンダード)上京するんですよ。というのも「あらびき団」に出たのとほぼ同時期に、松竹の大阪の劇場がなくなるんです。で、ほんまに大阪の仕事がゼロになって。僕らのちょっと前に東京に出て来てたTKOの木本さんとも「まだ東京の方が仕事あるかもな。お前らはもう東京で何とかするか、それか辞めるかしかないぞ」という話をしまして。逃げるように東京に来た感じですね。ある意味、辞めるために上京したみたいなところもありました。

──仕事の状況は変わりましたか。

みなみかわ 「爆笑レッドカーペット」(フジ)で2週連続レッドカーペット賞獲ったりして、コンビとして上向いてる感じはあったんですよ。しかもその後、「(株)世界衝撃映像社」(フジ)という番組で半年の海外ロケが決まるんです。でも、ロケもしたことないし、仲も良くないからコンビプレーもできないしでボロボロやったんですよね。それで、その番組が終わった瞬間に地獄に入るんです。またちょうど、さらば青春の光とかうしろシティとか、仲のいい後輩がこの時期に明確に売れていくんですよ。すごいな、って気持ちもあるけど「これはヤバいな、俺たちが面白くないってことになるな」という焦りの方が強くって。

仕事はないしライブで頑張ってもウケないし、バイトもしないといけないしで、その10年から14年頃の5年間っていうのは思い出したくもないですね。

──そんなときの光明が「ざっくりハイタッチ」(テレビ東京)でフィーチャーされた「システマ」(ロシアの軍隊の格闘術で、特別な呼吸法を用いて相手の攻撃のダメージをなくす芸)だったわけですか。

みなみかわ 当時は、僕がキックボクシング習ったら相方は柔術習って、僕がイスラエル軍格闘術のクラヴ・マガを習ったらあいつは総合格闘技やって、みたいに、仲が悪いからお互いがお互いに勝てるように違う格闘技を習いまくってた時期で(笑)。システマも最初はそんなところから生まれた、ライブのエンディングで笑かすためのひとネタだったんですよ。それが番組に出たら憧れてたジュニアさんが笑ってくれて、また僕に振ってくれてそれを返したらまた笑ってくれて、「ジュニアさんとラリーして笑いを生み出してる!」と思ったら苦痛だった5年間からなんとなく抜け出せたような気がしましたね。

番組はそのあとすぐ終わるんですけど、何をやってもダメで「それでも僕、おもろないことはないっすよね?」みたいなことをずっと思いながら芸人を続けていたんで、番組が終わった残念さよりも「よかった、やっぱりおもろかったんや」っていう安心、安堵のほうが大きかったです。


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