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UPDATE|2019/03/10

中澤裕子がモーニング娘。に教えた「別れの意味」

モーニング娘。と山一證券、モーニング娘。と小泉構造改革、モーニング娘。とミレニアム問題……。ニッポンの失われた20年の裏には常にモーニング娘。の姿があった! アイドルは時代の鏡、その鏡を通して見たニッポンとモーニング娘。の20年を、『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』の著書もある人気ブロガーが丹念に紐解く。『月刊エンタメ』の人気連載を出張公開。5回目は2001年のお話。


「私、中澤裕子は、3月20日から始まる全国ツアーを持ちまして、 モーニング娘。からの卒業を決意した事を報告させて頂きます」

 国民的アイドルとなったモーニング娘。の21世紀は、この一言からすべてが始まった。

結成時からリーダーとしてモーニング娘。を引っ張ってきた中澤裕子が、2001年春ツアーでの卒業を発表。直前に派生ユニットのミニモニ。がブレイク、本隊のモーニング娘。も横浜アリーナでの初単独公演が決定していたタイミングだけに、世間は驚いたが、それ以上に驚いていたのは、他ならぬモーニング娘。当人たちであった。

「裕ちゃんの卒業のときが、一番やばかった」(安倍)(※1)
「“まさか!”って」(矢口)(※2)
「私はずっと泣いてた」「先輩たちでさえ、姉さんに頼ってるのがわかった」(石川)(※3)

 それまでの3年間で福田明日香、石黒彩、市井紗耶香と3人のメンバーを送り出したモーニング娘。だったが、中澤の卒業に際しては決定的に語る言葉が変わった。それは年長の彼女がまだ未熟な少女たちにグループへの愛を持たせ、時には厳しい言葉を交えつつも、愛をもってその背中をずっと力強く支え続けてきたからである。しかし仲間の動揺にも、中澤自身はすでに少し先にあるべき自分を見据え、その意思を決して変えることはしなかった。

「わたしのいいところは“誰も経験したことのない年齢を、いつも先に行けるところ”」(中澤)(※4)

30歳になる頃には、自分の足でちゃんと立っていたい。それは27歳を迎えた一人の女性の、大きな決断でもあった。
AUTHOR

乗田 綾子

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