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UPDATE|2023/12/23

“謎の美女”Aimiがついにそのヴェールを脱ぐ「実は19歳から“吉川このみ”の名前でグラビア活動を」

撮影/松山勇樹


「接客業などでご飯を食べていけるだろうし、それで生活を支えながら、好きなことをやりたいということで離婚協議中から再びグラビア活動を始めました。私はお仕事でも“好き”を優先するんです。運転が好きだから、普通自動車教習指導員になろうと思って、指導員の免許も取りました。そのときに大は小を兼ねるみたいな感じで大型二種・大型二輪免許も取ったんです。

実際に自動車教習所で働きましたし、コロナ禍に『ワールドビジネスサテライト』の取材を受けたこともあります。Go Toトラベルを利用した免許合宿が人気ということでリモート取材を受けたんですが、けっこう反響があって、“美人過ぎる教習指導員”みたいな感じでネットでも話題になったんですよ」

グラビア復帰を決断した背景には、吉川このみ時代の後悔もあった。

「当時はプロ意識に欠けていて、すごく太っちゃったんです。北海道から東京に来て寂しかったし、お酒も大好きだったので、仕事よりも遊びに行くことのほうが多くなっちゃって……。それで、やり残したこともたくさんあって、当時できなかったことをやり直したい。またゼロからグラビアを始めたときに、自分がどこまでいけるのかを試したい気持ちもありました」

黒髪ロングの正統派アイドル路線の事務所に反発して髪を切ったが、子どもを産むタイミングで髪を伸ばし始めた。

「私がグラビアデビューした頃は、黒髪ロングヘアで前髪ぱっつんみたいな子が推されていたんですが、私は反発したくて逆に短くしたんです。そもそも私は小さい頃から男の子のお友達が多くて、一人称は“僕”で、お父さんのことは“オヤジ”と呼んでいました(笑)。高校生になって、剣道部のマネージャーをやっていたときに言葉遣いは厳しく直されたんですけど、そういうタイプなので、人生で髪の毛が短い期間のほうが長かったんです。

でも妊娠したときに髪を伸ばし始めて。というのも普通は赤ちゃんができると、手入れが面倒だからと髪を短くする方が多いんです。もちろんイメチェンで切る方もいますが、私は子どもができたからといって、女性らしさを捨てたくなかったんです。東京で暮らしていたときよりも髪や肌のメンテナンスを徹底しましたし、食べ物も気を付けました。

滋賀県に移住したばかりの頃、ヨガに誘ってくれた方がいらっしゃったんです。それもあって体のことを気にするようになって、姿勢も正しました。グラビア復帰するときも自宅で筋トレをして、食事の管理も意識しました。お酒が大好きなので、ちょっと気を抜くと太ってしまうんです。グラビアでだらしない体を見せるわけにはいかないですから。子どもを二人産んでいるので、スタイルのキープに関しては、かなり努力しました」
AUTHOR

猪口 貴裕


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