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UPDATE|2019/11/17

「防衛大臣は頭を下げる仕事」小野寺五典 議員が河野太郎 大臣に送ったアドバイス

左から小野寺五典、井上咲楽 撮影/松山勇樹 

「栃木県生まれの眉毛ガール」井上咲楽の政治家対談。今回は、防衛大臣など名だたる役職を歴任してきた小野寺五典議員が語ってくれた『月刊ENTAME』には掲載しきれなかった、よりディープな政治トークをweb限定版として公開。野党時代に学んだ経験、そして大臣に必要な資質とは。


井上 小野寺さんは2009年の自民党総裁選のとき、出馬する方向で準備を進められていたと聞きました。

小野寺 そうですね。どういうことかと言うと、当時は旧民主党政権で自民党は野党になっていました。政権奪取に向け、党内の若手の間ではかなり危機感が高まっていたんですね。そこで、当選1回、2回、3回の若手議員で政策をしっかりとゼロから考えようという動きが起きました。私は3期生だったこともあり、その会の会長を務めていたんです。その流れで総裁選出馬の話にもなったんですが、最終的に若手の代表として河野太郎が出ることになり、だったらいいじゃないか、と。

井上 実際、その総裁選では所属する宏池会が推していた谷垣禎一さんではなく、麻生派の河野さんを支持されたんですよね?

小野寺 そうです。野党になった以上、チャレンジャーですからね。当時、なぜそうしたかをこういう例えで話したことがあります。井上さんは分からないと思うんですが、巨人がV9といって9年続けてリーグ優勝を果たしたことがあります。ただ、名の通った名選手がいっぱいいたにもかかわらず、10連覇をかけたシーズンは最下位になってしまった。そこからチームを再建するに当たって巨人は、無名だけれどこれから強くなる選手を育てたんですね。同じように野党となった自民党も、ゼロからチームを作る必要がある、と。そのためには若い人が総裁にならないと政権奪取が遠のくと考えていたんです。

井上 宏池会からの反感や批判はなかったんですか?

小野寺 当時はあれだけ選挙で大敗した後でしたから、党内は呆然としていました。派閥の中でも、経験のある先輩方の方が一気に変わった風景に戸惑っていたと思います。実際、こういうこと言っていた方がいましたから。「今までずっと各役所の次官が来て、説明をしていた。それが急に課長以下が来るようになった」と。経験があり、それなりの立場にいた先輩方ほど、野党になったことのショックが大きかったんでしょうね。逆に経験が浅い私たちは、そこまで役所との深い付き合いもなく、フラットな感覚でいられたのだと思います。

井上 なるほど。

小野寺 でも、あの時期の経験は貴重でした。野党暮らしは、毎日政府を攻撃するしかないわけです。そこで、何が分かったかというと、野党が与党をどうやって攻撃してくるか。そのやり方が身につきましたし、見えるようにもなりました。

井上 逆の立場になったからこそ、ですね。

小野寺 与党だった旧民主党のミスで、自民党は予想以上に早く政権復帰しました。その安倍内閣で、私は防衛大臣として入閣しましたが、「たぶん俺が野党だったら、ここを突いてくるな」というのが分かる。つまり、攻め方が分かるんですよ。ですから、役所と事前に打ち合わせる大臣レクでも、こちらから役人に「必ずこことここを相手が攻めてくるから、準備して欲しい」と伝えることができました。この勘所は、役人には分かりません。彼らは法案についての説明能力は長けています。その分、政治家が国会審議の場で野党がどこを攻められるかを見抜き、対処できるよう準備する。野党暮らしでは最前線に立って旧民主党政権を攻めていた経験が、大きな勉強になりました。

CREDIT

取材・文/佐口賢作 撮影/松山勇樹

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