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UPDATE|2022/08/05

松井咲子が語る“変化”「AKB48時代はネガティブ思考、今は自己肯定感の塊に」

松井咲子 撮影/山田健史



──それは、なにか変わるようなタイミングがどこかであったんですか。

松井 なにか大きなきっかけがあったわけではないんですが、グループにいた頃は比べられることも多くて「私なんかが」とネガティブにならざるを得なかったように思います。大きなお仕事をいただいても「申し訳ない」と感じてしまって、謙虚とネガティブをはき違えていた時期があったんです。

でも、やっぱり応援してくれている方に、それは申し訳ないなと思って。好きでいてくれる方を否定しているような気持ちに気付いたのが、AKB48を卒業するくらいの頃。遅かったとは思いますが、そこからはすごく視野が広くなって「自分次第でもっと楽しく生きられるな」と思ったんです。「自分のこんなところが愛しい」と思うようにして明るく生きていたら、周りの人も明るくなるんです。

──その境地に至るのも簡単なことではないですよね。ネガティブに戻ってしまうようなことはないのでしょうか。

松井 なりそうな時もあります。「あの子の方がいっぱいテレビ出てる」という風に“ブラック咲子”が出たりもしますけど(笑)、「でも、私はこうなんだ」と言い聞かせていれば、そこに固執しなくなるんです。

──松井さんの人生のモットーとは?

松井 死ぬ時に「楽しいことしかなかったな、この人生」と思えるように生きることです。もちろん楽しいことばかりじゃないとは思うんですけど、私は嫌なことは全部、寝たら忘れてしまうんです(笑)。ずっとヘラヘラしちゃうので、それで周りの人が楽しくなれているんだったらいいかなと思っています。

──集団の中で生きていくのは、大変でしたか。

松井 メンバー内での嫌なことはもちろんなかったんですが、どうしても比べられることで自信をなくしてしまうということはありました。芸能界に入る前の中学生の頃は「自分が学校で一番可愛い」くらいに思っていたんですよ。でもAKB48に入ったら、現実は全然違う。可愛い子はいっぱいいるし、ピアノも自分が一番上手いと思っていたけど、音楽の分野でも上手い人がいっぱいいて「自分は全然何もできないんだ」とネガティブになっちゃったんですよね。

でもその一方で「全部完璧じゃなくていいんだ」と思わせてくれたのもAKB48です。みんなそれぞれ得意なところもあれば苦手なところもある。だから私はピアノとかラジオとか、自分の好きなことを通してたくさんの人に知ってもらうことができました。
AUTHOR

山田 健史


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