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UPDATE|2019/04/07

すべては生き残るために モーニング娘。が選んだ「変化」

モーニング娘。と山一證券、モーニング娘。と小泉構造改革、モーニング娘。とミレニアム問題……。ニッポンの失われた20年の裏には常にモーニング娘。の姿があった! アイドルは時代の鏡、その鏡を通して見たニッポンとモーニング娘。の20年を、『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』の著書もある人気ブロガーが丹念に紐解く。『月刊エンタメ』の人気連載を出張公開。9回目は2005年のお話。



2004年初頭の安倍なつみ卒業から始まった、モーニング娘。の“痛みを伴う構造改革”。グループとOGたちが『ASAYAN』終了後の世界でも生き残っていくための戦略的卒業ラッシュは、この2005年、誰も予測していなかった形で最終局面を迎えることになった

「矢口が辞めます」(※1)

同年の上半期、もともと卒業が予定されていたモーニング娘。は2人だけだった。最後の1期メンバーとなった飯田圭織、そして安倍なつみ・後藤真希卒業後のモーニング娘。をエースとして牽引してきた4期メンバー・石川梨華。彼女たちはその貢献度合いも大きかったことから、世代交代のショックを和らげる意味合いも含めて、前年のかなり早い段階で卒業予定が公表されていた。

しかし筋書き通りにいかないのもまた、彼女たちの生きる芸能界である。2005年4月14日、2期メンバーの矢口真里が写真週刊誌に恋人とのツーショット写真を掲載され、矢口は自ら騒動の責任をとる形でグループを脱退する。それは彼女が飯田の後を受けて3代目リーダーに就任してから、わずか2カ月後の出来事だった。

こうして偶発的なものも時に含めつつ、2004年から2005年にかけて計6人が卒業、もしくは電撃脱退していったモーニング娘。だったが、2005年4月の新メンバーの加入を機に、グループはメンバー固定の期間が少し続くことになった。内訳は吉澤ひとみ、高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴、新垣里沙、藤本美貴、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、そして新加入の7期メンバー・久住小春、計10人。

黄金期と呼ばれた大ブレイク期のメンバーはこの時点で、すでに吉澤ただ1人となっている。そのため、この頃になると彼女たちは「今のモーニング娘。は誰がいるのか分からない」という言葉を、もうだいぶ浴びせられるようになっていた。

ただこの時期のモーニング娘。には、同時に奇跡的な幸運も存在していた。それは行くべき道を示してくれたはずの先輩が一気にいなくなり、モーニング娘。の足元が揺らぎそうになったとき、偶然グループのトップに立っていたのが、いずれも物事をポジティブに割り切るタイプの吉澤と藤本だったということだ。
AUTHOR

乗田 綾子

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