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UPDATE|2019/04/29

苦節15年・異色の新人アイドル金澤有希「それでも私がアイドルを続ける理由」(中編)

SUPER☆GiRLS 金澤有希 撮影/河野陽太

avexに所属するアイドルグループSUPER☆GiRLS。そこに昨年加入した異色の新人がいる。金澤有希、25歳。新人ながらグループの中で最年長という年齢もさることながら異色なのはその経歴。アイドルのキャリアをスタートしたのは小学5年生。地元苫小牧を拠点にするグループを皮切りに、AKB48研究生、GEMリーダーを経て今回のSUPER☆GiRLS加入となる。まさに漂流アイドル。なぜ彼女はこうまでしてアイドルにこだわるのか? その疑問に答えた彼女のロングインタビューを3回にわたってお送りする。2回目の今日はAKB48研究生としての活動を辞退してiDOL Streetに入るまでの話。



前編から続く。
──さてAKB48のオーディションに受かったことで、とうとう東京でのアイドル生活が始まるわけですよね。

金澤 ものすごく慌ただしい毎日でした。オーディションに合格してから1週間もしないうちに上京する事になり。その短い期間の中、東京で通う新しい高校も決めました。とにかく荷造りとかでドタバタしていて、何がなんだかわからなかったです。上京する時は、お父さんが車で私を送ってくれたんです。

──苫小牧から新千歳空港まで?

金澤 東京までです。

──え~!? 引っ越しの荷物もあるから車で移動するってことですかね。ちなみに苫小牧‐東京間は、車だとどれくらい時間がかかるものなんですか?

金澤 朝方に出発して、次の日の夜に到着しました。苫小牧からだと、まずは函館に寄り、そこからフェリーで青森まで移動しました。今になって思うんですけど、なにも車で移動する必要はなかったはずなんです。そこまで荷物の量も多くなかったし、多くても郵送すればいい事ですがそれ以前も千葉のおばあちゃんの家に遊びに行くことがよくあったんですけど、そのときは普通に飛行機を使っていましたしね。わざわざ父が車で私を東京まで送ってくれたということは、そこになんらかの「目的」というか「意味」があったと思うんです。

──そういうことか。お父さんとしても、娘と2人きりでじっくりと話したかったんでしょうね。車の中では、どんな会話を?

金澤 「道を歩くときは上を向きなさい。看板に地名が書いてあるから」「道がわからなくなっても知らない人には声をかけないように。かけるなら駅員さんかおまわりさんにしなさい」……そんなことを、ひとつひとつ伝えてくれました。あとは1人暮らしのやり方が書かれたノートも渡してくれて。

──そのノートは所属する事務所が用意したものではなくて?

金澤 いや、お父さんが直筆で書いたものです。内容は特別なことではなくて、「家を出るときはガスの元栓を閉めたか? そして鍵を閉めたか? この2つは必ず指さし確認すること」とか、そういう注意事項がギッシリ書かれていました。

──お父さん、めちゃくちゃ心配だったでしょうね。AKB48研究生としてのスタートはいかがでしたか?

金澤 いきなり最初のお披露目が代々木第一体育館だったんです。同期の選抜4人だけで1曲披露したんですけど……さすがに震えました。あの大会場で360度がお客さんだらけだし、客席は隙間なくギッシリ埋まっているし。それまでは自分で機材を運んで、お客さんも1人とか2人とかで、氷点下15度の中、ストーブの前で凍えていたのに。とんでもない世界に来てしまったなと愕然としました。

AUTHOR

小野田 衛

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