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UPDATE|2020/09/10

元NHKアナウンサー刈屋富士雄さんが語る、オリンピック屈指のあの名実況が生まれた裏

NHKのアナウンサー、解説委員として長年オリンピックを間近で見てきた刈屋富士雄氏


──実況する際、心がけていることはありますか?

刈屋 そこで何が起こっているか? その事実をわかりやすく伝えよう。それだけはいつも考えています。

──目の前の事実を伝えるというのは、たとえば「ゼッケン2番よりも3番のほうが速いです」「ようやく点数が追いつきました」みたいなことですか?

刈屋 そんなものは「実況」とは呼べません。単なる「説明」です。何も視聴者に伝わらない。そこで起こっていることの本質を何も語っていないですから。ここに来るまでのドラマ、人間的な背景、この勝利の価値……そういったことに触れなくては実況じゃない。

──そのへんは実況する人によって力点が変わってくると思うんです。知識を羅列していくタイプもいれば、「すごい!」「やった!」みたいなことばかり言って情緒に訴える人もいますし。

刈屋 世の中にあまた実況アナウンサーがいますけど、私と同じような考え方をするタイプは少ないと思う。実況するときは「自分が仕切りたい」「自分が語りたい」と考える人もいるだろうし、サービス精神ゆえにデータを饒舌に話していく人もいるでしょう。でも、私はそうではなかったと思っています。特にテレビの実況に関しては、画面を見ればわかることをわざわざ口にしなくてもいいと考えているんです。そうなると大事なのは「目の前で起こっていることの本質は何か?」という価値判断を常に考えることです。

──実況のやり方によって、だいぶ試合の印象って左右されると思うんです。特にフィギュアなどの採点競技は顕著ですが。

刈屋 でも、今はそういう視聴者も減っていると思いますよ。特に野球などは見る側も情報を相当たくさん持っていますし。私は高校野球の実況の時などは、データよりも選手がグラウンドに上がったときの特徴を伝えるんです。バットが振れているか? 球が走っているか? 表情はどうなのか? そういう特徴を瞬時に掴むことができない人は、残念ながら実況アナウンサーに向いていないでしょうね。

 結局、今はインターネットの時代ですから。情報はファンのほうが握っていたりする。調べようと思ったら、いくらでも掘り下げることができますし。ネットにはないナマの見方ができるかどうかが伝え手の生命線だと私は思う。

──オリンピックなどでは局をまたいで放送することになります。他局のアナウンサーを意識することもありますか?

刈屋 まったくしません。民放とNHKでは考え方が違いますから。民放の場合、「ソフトとしてどういう価値を持たせるのか」という角度でコメントをするケースが多々あります。アナウンサー個人の考えというよりは、局の方針やプロデューサーの考え方が優先されることが多いはずです。1人の選手を大きく取り上げたり、その選手のストーリー性にフォーカスしたりするのはそのためでしょう。目の前で繰り広げられている勝負論とは別の価値基準を時として求められるわけです。別にそれは悪いことではありません。これに対してNHKはスポーツ中継を報道だと捉えている。報道にふさわしいコメントをしなくてはいけない。
AUTHOR

小野田 衛


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