──さて、王林さんがアルプスおとめからりんご娘に昇格したのは中3のときでした。
王林 当時、りんご娘のメンバーは4人だったんですよ。だけど、今も在籍しているメンバー・とき以外の3人が急に辞めちゃったんです。そのタイミングで私が入りました。ただ私としては「アルプスおとめで頑張りたい」という気持ちが強かったから、そのときは複雑でしたね。
──小3から21歳の現在まで活動しているというのは、やりがいを感じていたからだと想像できます。最大のモチベーションは、なんだったんでしょうか?
王林 一番最初は「いつかモデルになりたい」ということだけでした。だけどこのスクール自体が「青森の魅力を伝えていく」という考えがベースにあるので、私も青森のことやリンゴのことを勉強するようになったんですね。そうなると「私も青森県の力になれるようになりたい」と考え方が変わってきて、その「力になる」方法の一環として「アイドル活動」を捉えるようになったんです。
──いまや各局のバラエティ番組から引っ張りだこですけど、ご自身ではこの状態をどのように分析しているんですか?
王林 自分では特に面白いことを言っているつもりはないんですよ。だからテレビに出始めた最初の頃は悩みました。何を求められるのか全然わからなかったですし。たしかにオンエアされているのを観ると私の発言でウケているんですけど、私には笑われている理由が理解できないんです。スタジオで収録したときも「よし、今のコメントでウケたな」みたいな手応えは一切なかったです。私がテレビに出ることで「王林みたいな奴が青森にいっぱいいるのか」って思われたら、それはそれで青森に申し訳ないですし……。
──考えすぎですよ(笑)。
王林 笑われているのは、私の方言が珍しいということも大きいんでしょうけど。